岡田有紀子 自殺の真相3

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岡田有希子の遺体が四谷署に着いたのは十二時四十分だった。

同じ時刻、サンミュージックでは相沢秀禎を囲んでスタッフの緊急会議が始まった。

その間にも報道陣が続々と「大木戸ビル」に押しかけている。

各テレビ局のスタッフが場所を取り、記者会見の準備をそそくさと始めている。誰もが興奮していた。会場にあてられた六階の会議室は異様な熱気に包まれていた。なかには「岡田有希子」の顔すら知らない記者がいる。

「どんな曲、歌ってる娘?」

明らかに「アイドル」の取材とは無縁に見える一般紙の遊軍記者もかなりいた。

「いや、俺も全然知らないんだ。とにかく四谷に飛べと……」

その会話からも事件の異常さが感じられる。

記者会見が始まったのは午後一時三十分である。

 出席したのは相沢秀禎社長、福田時雄専務、溝口伸郎マネージャーの三人だった。

「ふだんから何か悩んでいたことは?」

福田専務がひと通りの経過報告をした後、ひとりの新聞記者が質問した。

「感情の起伏が激しい娘だったことは事実だったんですか」

さらに同じ記者が質問する。

「線の細い娘、という感じはなかったですか?」

その熱気に少しネクタイをいじりながら福田が応える。

「シンは強い娘だと思っていたんですけどねえ……」

事件直後のやりとりを思いだして梨元が質問した。

「先程、躁鬱が激しいみたいなことをおっしゃってましたよねえ。そういう部分は見受けられなかったんですか?」

下を向きながら福田はポツリと言った。

「ええ、ありましたね……」

女性誌の記者が受けた。

「たとえば、このところ何かおかしいなァ、というような点、具体的に思いあたるところはな
いんですか?」

横を見ながら福田が、

「うーん、それは僕よりも担当マネージャーの溝口が、ずっとそばについてたわけですから……」

カメラマンたちの視線が横にスライドする。

「どうでしょうか?」

溝口に向かっていっせいにフラッシュがたかれる。

「昨日の夜も、七時からの渋谷に試写会を見に行って、いちおうオフだったんですね。

ほんとは今日から、ドラマを開始するはずだったんですけど。それが準備の都合で明日からになりまして……本人はオフだったものですから、電話を夜の十時ごろにしたわけです。その時はひじょうに声も明るくて、『あッそう、残念ねえ』というような話をしてて。ものすごく明るいんですよね、声自体は……だから『じゃあ明日、また電話するから』ということで、十時ごろ、その電話を切ったんですけど……」

昨日、試写会に訪れた彼女の姿は何社かのカメラマンが撮っていた。

「女のともだちと二人で『ロッキー4』を見に行った、ということを聞いたんですが……それはどなたと行ったんですか?」

腕を組み直して溝口は、

「えーと、僕もよくわからないんですけど、前にドラマをやってまして、そこの共演した女の子だと思います。しょっちゅうコンサートも見にきてもらったし……」

福田に向けられた質問がくりかえされる。

「最近、なにか鬱だとか、そういうことを感じられたことはありますか?」

 一瞬、沈黙してから溝口は答えた。

「あのォ、最近はないんですが……。そういう部分では、すぐ考えちゃうところのある娘だったからね……そういう意味では僕たちにたいしてもあんまり自分を話してくれないというところがあったり……」

誰もが「なぜこんな自殺までして?」という疑問を解きたいと思っていた。そんな苛立ちが質問のどうどうめぐりを呼んでいた。

「マネージャーとして、いろいろな相談にのってたこともあると思うんですけど……」

 首をひねりながら溝口も応じる。

「直接相談するっていうことはなかったんですよね」

ふたたび福田が答えた。

「あのね、割に思い込むほうなんですよね。自分ひとりで仕舞い込むというところがあったわけです。ええ」
 梨元が質問の方向を変える。

「部屋には遺書とか、そういうものはあったんですか?」

もう一度、福田に向かってカメラが集中する。

「あのォ、病院にしか行ってませんし……当然そこには、警察の方も消防署の方もお入りになってるわけですから。えー、あったかどうかということはわかりません。いまの段階では……」

記者たちの鉛筆を走らせる音が重なる。

「あのォ以前に、たとえば死にかけたとか死のうとか、そういうことはあったんですか?」

質問者の梨元を見て、福田が応じる。

「全然ないです。初めてです。ましてや先程も言いましたように、仕事は順調ですし、高校までは社長の家にずっといたわけですから……。十八歳になって自分の城が欲しいというので、念願の青山に自分の城が持てたわけですから。そんな、まったく、死ぬような理由はないわけですよね」

同じ表情の上をカメラのフラッシュが何度も何度も捉えてゆく。

「家庭的な面で悩んでる、というようなことはなかったんですか?」

 福田はしばらく考えこんだ。

「……家庭的な面といっても、御両親もおじいちゃん、おばあちゃんも皆さん元気ですし、先日、名古屋に行った時も……、全然考えられないですね」

一拍、間があいたところで、また梨元が口火を切る。

「申し訳ないんですが、こういう場なんで確認したいんですが、たとえば男のともだちのこととか、そういうことで何か悩んでるみたいなことはありませんでした?」

 軽く座りなおして、今度は溝口が応える。

「だから、それがハッキリ言わないからね。そこまではちょっとわからないんですけどね」

スポーツ紙の記者が早口で聞いた。

「生活してるなかで、何か思いあたる部分ってなかったんですか?」

相沢のほうをちらっと見て、福田が代弁する。

「社長の家にいた時は、それは他人様の家ですし……やはり『ひとりで住みたい』という気持ちは皆ありますから。だけど自分で望んでこの道に入って、青山のマンションに入れて、生活の面でも充実してきたばっかりでしょう。ひとりになったのは四月の四日からです。土曜日の日は渋谷公会堂でコンサートがありまして、昼夜二回やりまして、どちらも満員だったんです。夜の部が終わりましてから、社長の家に引っ越しのあいさつに行ったんです。考えられないですね」

 誰かがするだろうと思われた質問が飛んだ。

「先日、アイドル歌手の遠藤康子さんの自殺ということがあったわけなんですけど、あの事件がいくらか影響してるとは考えられませんか?」

これには福田もきっぱりと応じた。

「立場がちがうと思いますね」

同じ記者がくりかえす。

「そのことについては、彼女自身が話したことなんかはない?」

そちらの方向を見て、もう一度きっぱりと福田は首をふる。

「僕は聞いてません」

彼の言葉を受けて、また梨元が聞いた。

「福田さんね。彼女、家庭的な面では、ひじょうに恵まれてた。そして明日からは『ドラマの仕事で主役をやる!』というような責任感もあったと思う。その直前でしょ。そういう中でひとつひとつ自殺の動機となる可能性というものを消してゆきますとね、男ともだちみたいなことが最後の理由として残ってくるんですけど、その辺はどうなんでしょうか?」

咳ばらいをひとつして、福田が答える。

「それは、事務所としてはまったく心あたりがないです」

さらに溝口が口を開いた。

「それは、ま、やはり十八歳の女の子だから、あこがれみたいなもの、そういう面ってあると思うんですよね。『誰々が好きだ!』というようなあこがれの部分はあったでしょう。ただ、おつきあいをしてどうのこうのというのは聞いてないですね。それはプライベートな部分で、自分の中で、そういうことになやんでたということはあるかもしれません。それを僕がわからなかったとしたら、ひじょうに残念に思いますけど。思いあたる部分と言われても……それは考え込むという部分が彼女にはありましたよ。自分がそういう点を汲んであげられなかっというのは、担当マネージャーとして大変に残念です。」

レッスンを休むとか、ふさぎがちになったとかいうことも一切なかったという。

「悩んでいるような時、溝口さんがついてらして、『なんで悩んでるんだろうな?』と想像されたりはしませんでした?」

梨元の質問に溝口が答える

「だから、担当マネージャーとしてそういうことっていろいろ考えますよね。考えるけれども、実際に彼女の頭の中で考えていることというのは、ほんとに話してはくれないですからね。それがいまも言ったように歯がゆいんですけど……」

質問もとぎれがちになってきた時、ひとりの記者がたずねた。

「さっき溝口さん、あそこに花を供えられてましたね。どんなお気持ちだったんですか?」

溝口の目に涙がうかんだように思えた。

「いや、ひじょうに残念です。今日、僕は、家のほうで子供の入学式があったものですから。実際に今日はオフだったんで、家のほうに連絡をもらって、『病院のほうに行ってる』ということでね。病院のほうへ行ったら、もうこちらのほうに向かったということで、車でこちらに来たわけです。それで交差点で信号待ちしている時に、僕も実際に上のほうから落っこちてくるのを見たわけですよ。その時はまさか、人間が落っこちてきたとは思いませんでしたよ。咄嗟になにかあったんじゃないかとは思いましたけど……」

次の瞬間、溝口の中でなぜか「有希子だ!」という思いが走ったという。

もちろん、この目で確認したわけではない。が、そんな直感が走った。

(有希子じゃない! 有希子じゃない!)

そんなことを心でつぶやいて、タクシーを降り、彼は現場に駆けよった。

彼の目に真っ先に飛び込んできたもの。

それはまぎれもなく、見慣れた彼女の腕時計だった……。

「有希子!」

「有希子!」

無意識のうちに、彼は二回叫んだ。

なにがなんだかわからなくなった。

いつものようにDPEの看板がくるくると回っている。入り口の弁当屋には昼時だというのにもう誰もいなかった。通行人が悲鳴をあげる。

「有希子、可哀相に……」

無言でうつ伏した遺体の前で、彼はふっと我に返った。

(毛布!)

彼は事務所にかけのぼり、毛布をとってきた。

「可哀相に……可哀相に……」

震える手で彼は遺体を覆った。

すべてが白昼夢のような出来事だった……。

岡田有希子の自殺事件は、芸能界とマスコミにパニックとなって広がった。テレビ各局は番組内容を変更して事件現場からの中継に切り替え、四谷四丁目サンミュージックの前には事件を知ったファンがはやくもつめかけた。まだ、チョークの跡と血痕がなまなましい現場を遠巻きにしている若者たちの表情は、一種異様な光景だった。

ここでもう一度事件の経過を振り返ってみる。岡田有希子にいったい何が起ったのだろうか。

東京都港区南青山六丁目にある「ロータリーマンション」の六階住人が、ガス洩れ臭に気づいたのは四月八日の午前九時ごろだった。そこで三階にある管理人の部屋に連絡。管理人がガスの臭いの発生場所をたどってゆくと、四〇二号室の岡田有希子こと「佐藤佳代」宅から洩れていることがわかった。

ドアベルを押してみたが中からの反応はない。管理人はあわてて自室に戻り、四〇二号室の鍵を持ちだし、ふたたび四階に駆けのぼった。震える手で鍵を開けたが、ドアチェーンがロックされていた。つまり、部屋の中に誰かがいることは確かだった。

「佐藤さん、佐藤さん、いますか? 聞こえますか? 大丈夫ですか!」

大声をあげたが中からの反応がない。

一一〇番に電話がかけられた。東京ガスにも通報された。警視庁通信指令センターから赤坂消防署レスキュー隊に出動要請が入ったのが十時九分。七分後には救急隊がマンションに到着した。

ドアチェーンを切断し、中に踏みこんだ署員が押し入れの下段でうずくまっている女性を発見する。激しいガス臭の室内で、シクシク泣いている彼女の左手首が五センチほど切れていた。

「自殺未遂の患者が行きますからよろしく……」

消防署の指令センターから北青山病院に連絡が入った。

十時二十分、マンションの管理人からサンミュージックの総務部に連絡がとられた。
「岡田さんが救急車で北青山病院に運ばれました。どうやら自殺未遂のようです」

連絡を受けた福田専務は付き人の山崎結美をともなって、事務所を飛びだした。

患者を乗せた救急車が病院に到着したのが十時三十三分。直ちに外科の縫合手術が行なわれ、彼女の左手首が四針縫われた。

「手首を動かしてごらん」

担当医の言葉に患者は素直に従った。彼女の袖口は鮮血で紅く染まっていた。投薬と同時にガス中毒反応をみるための問診が行なわれた。

「あなたの生年月日は?」

 シクシク泣きながらも相手は答えた。

「昭和四十二年八月二十二日……」

次に現住所の確認。これにもキチンと答えた。どうやらガス中毒反応はゼロ、後遺症もなく、担当医は「入院の必要ナシ」と判断した。

サンミュージックの福田専務らが到着したのは十一時十五分過ぎ。岡田有希子は興奮状態でわんわんと号泣していた。管理人の連絡からは「ガス自殺を図ったらしい」ということしか福
田たちにはわからなかった。「手首も切った」ということは病院に着いて初めて知ったわけである。しかし、傷口の手当はすでに済んでいた。本人はひとことも話さず、ただ激しく泣くばかりだった。

「後遺症はないので大丈夫ですよ。もう連れて帰ってもいいですよ」

担当医の言葉を受けて、福田は「とりあえず事務所に連れてゆこう」と判断した。社長の相沢秀禎が歯医者に出かけている間の出来事なので、そうせざるをえなかった。病院の前でタクシーを拾うと本人と山崎結美を後ろの座席に座らせ、福田は運転手の横に乗りこんだ。

本人も号泣という状態からシクシク泣きに変わっていた。やや落ち着きもとり戻してきているようだった。運転手がいる手前、車内では三者とも会話は交わさなかった。サンミュージックに着いたのは十二時を少しまわった頃である。本人の希望でトイレに行かせた。

「ちゃんとトイレの前に立ってろよ!」

万が一の場合を考えて、福田は付き人の山崎にそう指示した。

その後、社長室に入った三人は二、三の会話を交わした。もちろん「自殺」のことについては何もふれなかった。

「なんか食べるかい?」

本人の動揺を静めるために福田は聞いてみた。

「いや、何もいりません」

 下を向いたまま、彼女は答えた。

「じゃあ、コーヒーでも飲んで落ち着くかい?」

「何もいらない……」

「それじゃ冷たいものでも飲もうよ」

その言葉には彼女もややうなずいた。そこで彼は社長秘書を呼んだ。

「何か冷たいものをとってよ。有希子は何がいい?」

山崎結美が代わりに答えた。

「ストロベリージュースがいいわよね」

秘書はストロベリージュースと専務たちの分を注文した。

その時、事務所に急行している相沢秀禎から自動車電話が入ったという伝言がきた。本人の前では事情説明もしにくい。

「ちょっと待って」と告げて、福田は隣室の受話器を取るために社長室を出た。

ほんのつかのま、社長室には本人と山崎結美二人きりになった。

「ちょっと、ティッシュを……」

そう言った後、本人が姿をくらますまでの「一瞬」は、関係者の証言でも「空白」となっている。とにかく、ほんの一瞬、目を離したスキに彼女は部屋を脱けだしたのである。

「有希子がいませんッ」

福田のいる隣室に顔面蒼白の山崎が飛びこんできた。

「なにッ」

福田は受話器を落としそうになった。山崎はオロオロするばかりで、何を言ってるのかわからなかった。

とにかく捜した。捜し始めた福田の目に脱ぎ捨てられたスリッパが飛びこんできた。それは病院からそのまま本人が履いてきたものだ。右足の分が少し前方を向いて傾いている。彼女の両足を離れたスリッパは七階の屋上に向かう階段の下で、その肉体のゆくえを示していた。

「おい、屋上だッ」

四月のまばゆい陽光の中に、その扉は口を開けていた。駆けあがった屋上にも彼女の姿はなかった。屋上の表通りに面した方角は『クリナップ流し台』の大看板でゆくえを遮られている。

「こちらのわけがない!」と直感的に判断した福田は、裏通りのほうから眼下を覗いてみた。

その時、山崎結美があがってきて、その場にしゃがみこんでしまった。

「落ちたな……」

山崎の姿を見て、福田は事態を了解した。そして階段方向からざわめきが聞こえた。

注文した飲み物が届く前の、ほんの一瞬の出来事である。飲み手を失ったストロベリージュースの氷が溶けていった……。

この日全国のほとんどの学校では入学式が行なわれ、総数五百五十万六千六百六人の新入生が希望に胸をふくらませて校門をくぐった。

東京に桜の開花宣言が出されたのは二日後のことだった。。



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by cress30 | 2004-12-22 08:58 | ●岡田有紀子

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