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カテゴリ:◎昭和の名曲( 3 )

昭和の名曲シリーズ 1


管理人独断の昭和から受け継がれる名曲シリーズ

由紀さおり ルームライト
1973年3月1日  ルームライト/それは季節のかわりめに
1973年3月にリリースされたこの曲は、由紀さおりの隠れた名曲。ただ作曲者の吉田拓郎が婦女暴行事件の疑惑で放送自粛に追い込まれた不運な曲。この他にも 『夜明けのスキャット』 『生きがい』 『両国橋』 などの名曲がある。
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ふきのとう  白い冬
1974年9月21日  白い冬/夕暮れの街
ふきのとうのデビュー曲。1973年にコンテストに多数出場し、ヤマハ・ポピュラーソング・コンテストで 「夕暮れの街」 が北海道大会入賞。 1974年に 「白い冬」 でデビュー (「夕暮れの街」はB面に収録)。デビュー曲「白い冬」は大ヒットしたが、その後数年はなかなかヒットに恵まれなかった。1992年5月8日の北海道厚生年金会館でのコンサートを最後に18年間続いたグループを解散した。
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上田正樹  悲しい色やね ~OSAKA BAY BLUES
1982年10月21日 悲しい色やね~OSAKA BAY BLUES/イエローページは閉じて
発売直後は全く売れる気配がなかったが、1983年6月6日付で初のTOP20入りの後は週を追うごとにランクを上げて、7月11日付でTOP5入りを果たした。上田正樹の代表曲となった。元々はアルバム用の曲だったという。
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 H2O  想い出がいっぱい
1983年3月25日 想い出がいっぱい/0%の雨予報
大学在学中であった中沢堅司と赤塩正樹により1976年に結成。フジテレビ系アニメ 『みゆき』 エンディング曲で、この5枚目のシングルの大ヒットにより一躍知名度を上げた。
その後はヒット曲に恵まれず、1985年に8枚のシングルと4枚のアルバムを残し解散。B面は同アニメのオープニング曲。最高位6位まで上った。
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かまやつひろし  我が良き友よ
1975年2月5日 我が良き友よ/ゴロワーズを吸ったことがあるかい
吉田拓郎とのドュエット 『シンシア』 でヒットしたことが縁で拓郎が提供したこの曲はオリコン1位を獲得する。かまやつひろし自身でも最大のヒットで代表曲となっている。拓郎自身がレコード化したのは23年後のこととなる。
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モップス たどりついたらいつも雨ふり
1972年7月25日 たどりついたらいつも雨ふり/くるまとんぼ・アンドロメダ
この曲も吉田拓郎の作詞作曲。67年に結成したGSのモップスがニューミュージックに挑戦した傑作曲。メンバーだった星勝は井上陽水のアレンジャーでも有名。1974年5月に解散。
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GARO 学生街の喫茶店
1972年月20日 学生街の喫茶店/美しすぎて
b0033699_18492.jpgGAROの最大のヒット曲。リリース時は 「美しすぎて」 がA面、「学生街の喫茶店」 がB面だった。そのジャケ写が → のもの。
  「学生街の喫茶店」 が有線放送やラジオを中心に人気が出たため、1972年12月前後からジャケット写真はそのままに、学生街の喫茶店のタイトルが、目立つように変更されたジャケット盤に切り替えられていった。
オリコンヒットチャートで73年2月19日から4月2日まで7週連続で1位を獲得。73年年間ヒットチャートで第3位を記録。

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泉谷しげる  春夏秋冬
1971年9月20日 春夏秋冬(ライブバージョン) /ひねくれ子守歌
春夏秋冬のスタジオ録音源は1972年4月25日リリースのセカンドアルバム 『春夏秋冬』 に初収録。代表曲となった。
シングルで発売されたこの曲は、同名アルバムの音源ではなく、「野音 唄の市」 のライブバージョンでキャニオンからシングル化された。理由は、エレック関係者が 「アルバムの音源はシングル化の予定はない」 と言われている。後になって代表曲となるという皮肉な結果となった。
泉谷しげる 公式サイト
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はしだのりひことクライマックス  花嫁
1971年1月10日 花嫁/この道
はしだのりひこは、ザ・フォーク・クルセダース解散後、シューベルツで、「風」 のヒット曲を生み出した。が、メンバーの事故死をきっかけに解散。マヨネーズの坂庭省悟、藤沢ミエ、中嶋陽二と、クライマックスを結成。「花嫁」 をリリース。記憶に残る名曲となった。クライマックスで 「ふたりだけの旅」 「この胸に」 「沈黙」 とリリース。花嫁のヒットには及ばなかったがどの曲も名曲と言える。
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はしだのりひことエンドレス  嫁ぐ日

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1973年3月05日  嫁ぐ日/霜の音
メンバーは、はしだのりひこ、林竹洋子、和泉常寛、北村謙。エンドレスは、『嫁ぐ日』 の他に 『ひとり/明日の色は』 、『初恋物語/青春は涙の旅』 『時は魔法使い/海はきらいさ』 の3枚のシングルをリリースしたが 『嫁ぐ日』 のスマッシュ以外は低迷したまま解散となった。林竹洋子は解散後、ソロ歌手として活動した。
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来生たかお  Goodbye Day
1981年5月21日 Goodbye Day/ちょっと、ドギマギ
フジテレビ系ドラマ 『愛のホットライン』 主題歌。この曲の次のシングルが薬師丸ひろ子主演の 「セーラー服と機関銃」 の主題歌だが、『Goodbye Day』 は隠れた名曲として人気が高い。
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風  22才の別れ
1975年2月5日 22才の別れ/約束しようよ  
伊勢正三が伝説のグループ かぐや姫時代の1974年の 『三階建の詩』 でアルバムリリースした曲で解散後 「風」 を結成した際のデビューシングル。風の最大のヒット曲として歌い継がれている名曲。
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谷村新司  昴
1980年4月1日 昴/ What love is
アリスの活動と並行して、ソロ活動でリリースした谷村新司セカンドシングル。NHK紅白歌合戦では出場歴16回で5度選曲されている。
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欧陽菲菲  ラヴ・イズ・オーヴァー
1982年9月1日 ラヴ・イズ・オーヴァー/ラヴ・イズ・オーヴァー(カラオケ)
b0033699_18223051.jpg元々 『ラヴ・イズ・オーヴァー』 は、1979年7月発売の 「うわさのディスコ・クィーン」 のB面曲だった。 【そのジャケ写が→のもの】
欧陽菲菲本人が 「これはいい曲」 とコンサート等で唄い続けていた。1982年9月にポリドールがジャケットを一新して、A面曲として再発したものがこれ。
翌年の1983年に徐々に人気をはくし、ヒットチャート入りを果たした大ヒット曲となった。

欧陽菲菲 公式ページ
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因幡 晃  わかれ
1976年2月25日 因幡 晃 わかれ/夏
1975年、第10回ヤマハポピュラーソングコンテストに 『わかって下さい』 で出場し最優秀曲賞を受賞。また、第6回世界歌謡祭にて入賞。因幡 晃のデビュー曲で大ヒット。
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坂本スミ子 夜が明けて
1971年10月21日  夜が明けて/待ちわびて
1971年にリリースされたこの曲は、坂本スミ子の代表作。CBSソニーに移籍第一弾だったが耳に残る名曲と言える。この他にも 『たそがけの御堂筋』 『浮雲』 『離婚』 などの名曲もある。歌手で女優の石井聖子は娘。
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及川 恒平  面影橋から

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1973年9月25日  面影橋から/忘れたお話
初発表は小室等と六文銭時代のライブバージョンだが、このシングルはソロになってから2枚目のスタジオバージョン。ソロ初シングルの 「雨が降りそうだなあ/何もしてあげられないよ」 や 「東京暮色/初めの頃」 坂本龍一、山下達郎、大貫妙子を迎えた 「懐かしいくらし/リエのこと」 と隠れた名曲も多い。活動休止後テニスのインストラクターに転職。近年ふたたびライヴ活動再開。ニューミュージックの先駆け的な叙情性をたたえた詞を、優しげなヴォーカルで表現している。
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ウイッシュ  御案内

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1972年9月1日  御案内/風はきまぐれ
1972年9月 「御案内」 がヤマハ主催ポプコンで入賞しレコードデビュー。74年に二年間で解散するが4枚のシングル 【★ 73.4.25 旅に出てみたら/私は風船 ★ 74..2.05 今は悲しいけれど/待ちぼうけ★ 74.6.05 六月の子守唄/そんなあなたが】 と2枚のLPをリリースした。
姉の礼子はヴォーカル講師として指導中。妹幸子は広告関係の会社に勤務の傍らヴォイストレーニングを続け、イベント企画・プロデュースと活躍中。
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by cress30 | 2006-09-13 21:30 | ◎昭和の名曲

昭和の名曲シリーズ2

矢沢 永吉 ひき潮
1976年9月21日  ひき潮/写真り二人
1976年9月にリリースされたこの曲は隠れた名曲。キャロルからソロになってのサードシングル。オリジナルアルバムには未収録のバラード。この他にも 『イエス・マイ・ラブ』 『時間よ止まれ』 やリリース時に放送禁止となったり、ジャケ写の印刷ミスとなった 『ディス・イズ・ア・ソング・フォー・コカコーラ』 や、キャロル時代の 『ファンキー・モンキー・ベイビー』 などの曲がある。
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北山&加藤  あの素晴しい愛をもう一度
1971年4月5日 あの素晴しい愛をもう一度/僕を呼ぶ故郷
この曲のオリジナル録音のきっかけは、東芝がフォークルの再結成を図って加藤・北山の両人にはたらきかけたものとされる。当時、フォークルの再結成はあり得ないと明言していた2人は、ジャケットでもカメラを全く無視している。これには東芝に対する抗議の意味を込めていると加藤・北山ともに当時のラジオ番組で語った。オリジナルでは加藤による変則スリーフィンガーが展開される。
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虹と雪のバラード  トワ・エ・モワ
1971年8月25日 虹と雪のバラード/トワ・エ・モワの子守唄
72年の札幌オリンピック のテーマ曲の 『虹と雪のバラード』。
『誰もいない海』 『初恋の人に似ている』 『地球は回るよ』 『愛の泉』 など数多くのヒット曲を出し、1960年代後半から1970年代前半にかけて流行した和製ラウンジ系ポップの先駆けとなった。
その後、グループは1973年6月に解散した。音楽活動を再開して現在に至る。
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夜が明けたら  浅川マキ
1969年7月1日 夜が明けたら/かもめ
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ビクターから1967年に 「東京挽歌/アーメン・ジロー」 を発表するも本人と事務所の音楽的指針に大きな乖離があり、当時の出来事がその後の活動に影響を与える。
この曲は、新宿のアンダー・グラウンド・シアター 「蠍座」 で初のワンマン公演を三日間に渡り催行したときの音源で、正式レコード・デビュー。

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時には母のない子のように  カルメン・マキ
1969年6月21日 時には母のない子のように/あなたが欲しい  
妖艶な雰囲気と歌唱力、そして投げやりな歌唱が話題に。世間から 「本当に親のいない子供にとっては酷な歌」 と批判の声があったが大ヒット。1969年に第20回NHK紅白の出場を果たす。
1972年カルメン・マキ&OZを結成。77年の10月解散。80年9月20日大麻パーティーて逮捕。2ヶ月足らずの11月12日にヘロイン所持で再逮捕。これら事件のため活動停止を余儀なくされた。93年に音楽活動を再開し、現在もライブハウス中心に活動中。
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若者たち ザ・ブロードサイド・フォー
1966年9月20日 若者たち/星に祈りを
黒澤明の息子黒澤久雄が結成したグループがヒットさせた名曲。
「若者たち」 は同名のフジテレビのドラマ(後に映画化)の主題歌。ちなみに 「若者たち」 はブロード・サイド・フォーのオリジナルではなく、黒澤明の映画音楽を担当していた佐藤勝の作曲。
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遠い世界に  五つの赤い風船 
1969年5月20日 遠い世界に/ささ舟
『遠い世界に』という教科書にも載るような名曲を歌っていたフォークグループ。1967年結成、1972年解散。グループ名と異なり、当時のレコードジャケットを見るとメンバーは4人。リーダーの西岡たかしを中心に5人のメンバーで構成されていて文字通り「五つ・・・」だった。1972年解散。1979年二度のライブのためだけに再結成。「遠い世界に」 は日本のフォーク史上、名曲りベスト10に入る。「血まみれの鳩/まるで洪水のように(69.11.20)」 「悲しき街角/ささ舟(70.4.5)」 「風がなにかを/ふる里の言葉は(71.6.5) 」 「えんだん/小さな夢 (72.4.20)」 「母の生まれた街/ぼくは広野に (72.5.20)」 「ジヤンジヤン町ぶるうす/ある朝こつそり(75.7.10) 」 「風がなにかを…仏語/そんな気が…仏語」 「花と空に/幸せの魔法」 「そんなに愛が欲しいのなら/気ままな暮らし」 の作品を残した。
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いとしのマックス  荒木 一郎
1967年5月15日 いとしのマックス/美わしのシンデレラ
東海ラジオの番組 『星に唄おう』 のDJを務め、そのテーマ曲『空に星があるように』で、ビクター音楽産業から1966年に歌手デビュー。1967年、『いとしのマックス』で第18回NHK紅白歌合戦出場した。この他にもヒットした曲はあるが、個人的に選曲。
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海は恋してる  ザ・リガニーズ
1968年7月1日 海は恋してる/花ちゃん
 「海は恋してる」 でデビュー。大ヒットとなった。新田和長、武藤敏史、内山修、吉田光夫、常富喜雄で1967年結成、1970年5月解散。内山修と常富喜雄は 「猫」 を結成。
所太郎はスーパーモーニング(テレビ朝日)等といったワイドショー番組のレポーターとして現在も活躍中。
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花と小父さん 伊東きよ子

1967年6月1日 花と小父さん/愛のかけら

伊東きよ子の代表曲。札幌市の出身で宝塚を経て 『花と小父さん』 でデビュー。オリコンチャート38位のヒットとなった。1970年代前半まで歌手として9枚のシングルと4枚のアルバムをリリース。活動後芸能活動は引退している。
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小さな日記  フォー・セインツ
1968年10月10日 小さな日記/ふりかえらないで
フォー・セインツは、1968年から1972年に活動した日本の音楽バンド。カレッジ・フォーク・グループの草分け的存在。ラジオ番組 『フォーク・ビレッジ』 で実力派として注目され、1968年のデビュー・シングル 「小さな日記」 が大ヒット。
後に、レコード会社の移籍に伴い、フォー・クローバースと改名するが、1973年に解散。
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ジローズ  戦争を知らない子供たち
1971年2月5日 戦争を知らない子供たち/愛とあなたのために
オリコンチャート最高11位でヒット曲となった。ジローズはこの年の第13回日本レコード大賞新人賞を、北山修は作詞賞を受賞した。
1973年にはこの曲の歌詞を原案にした同名の映画が制作された。ジローズは、1967年の結成。メンバーは、杉田二郎、塩見大治郎、細野徹次郎の3人から1970年の再結成時に杉田二郎と森下次郎の2人でリリースしたのが セカンドシングル 『 戦争を知らない子供たち』 だった。72年に解散したが6枚のシングルと3枚のアルバムをリリースした。
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真夜中のギター  千賀かほる
1969年8月10日 真夜中のギター/恋は花火のように
b0033699_4423243.jpgオリコンチャートでの最高位は1969年11月24日付から12月8日付までの3週にわたっての第4位。
この曲は元々、B面だった。
が、千賀かほるへのリクエストで 『真夜中のギター』 に集まったことでレコード会社がデザインも一新。パターンが3バージョンも存在する。  左からリリース順。
当時、学生フォークの全盛時代だったうえ、この曲もフォーク調。千賀かほる本人が 「ギターには困りました。ワタシ、ギターはまったくダメで、猛特訓を受け、それでどうにかデビューに間に合ったんです」 と語っていた。

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小さなスナック パープル・シャドゥズ
1968年3月25日 小さなスナック/パープル・スカイ
パープル・シャドウズがリリースしたデビュー・シングル。。松竹映画で 『小さなスナック』 という映画も製作されている。 リリース直後は動きは鈍かったがGSブームの波に乗り、約3ヶ月経ってからBEST10に初登場した。ザ・タイガース『シー・シー・シー』に阻まれて2位止まりとなるが、1968年の年間第14位に輝いた。
にロス・インディオス&シルヴィアが大ヒットさせた「別れても好きな人」は、パープルシャドウズが本家。
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メリー・ジェーン つのだ ひろ
1971年6月5日 メリー・ジェーン /真夜中のローリー
b0033699_22454611.jpg初回リリースはB面が 「真夜中のヒーロー」 としてリリースされた。その初回盤が → のジャケ写。
リリース時所属がスペースバンドの一員だったことでソロシングルとしてストリングスの一部が変わったバージョンで1972年7月5日に 「メリー・ジェーン /アイ・ラブ・ユー」 でリリースされた。
徐々に人気が出てきて三度ジャケ写が変わった。
1982年に、レコード会社の移籍を機に、ニューバージョンもリリースされたが、ラジオ放送ではオリジナル盤が使われることが多い。

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ケンとメリー~愛と風のように  BUZZ
1972年11月25日 ケンとメリー~愛と風のように~/悲しい歌はもううたわない
日産スカイラインのCMソングにもなって、オリコンチャート19位まで昇るヒットとなった。
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岬めぐり 山本コウタローとウィークエンド 
1974.06.01 岬めぐり/あの日の僕でなく
この曲は 『走れコウタロー』 と並んで、現在でも歌い継がれている。山本コウタローとウィークエンド最大のヒット曲。吉田拓郎フリークでも知られ大学の卒論は 「誰も知らなかったよしだたくろう」 という題名だった。
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by cress30 | 2006-09-13 21:20 | ◎昭和の名曲

昭和の名曲シリーズ 3


地下鉄にのって 猫 1972年11月21日
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母に捧げるバラード 海援隊 1973年12月10日
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男と゜うし 杉田二郎 1975年9月20日
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東京 マイ・ペース 1974年10月25日
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熱き心に 小林 旭 1985年12月1日 
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朝陽の前に シューベルツ 1969年6月5日
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逃避行 麻生よう子 1974年2月21日
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大阪で生まれた女 BORO 1979年8月1日
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恋におちて 小林明子 1985年8月31日
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初恋 村下孝蔵 1983年2月25日
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宿無し 世良公則 1978年4月10日
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幻の人 茶木みやこ 1977年9月5日
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青葉城恋唄 さとう宗幸 1978年5月5日
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家へおいでよ リリィ 1978年3月20日
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どうぞこのまま 丸山圭子 1978年8月5日
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待つわ あみん 1982年7月21日
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俺たちの旅 中村雅俊 1977年11月1日
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白いページの中に 柴田まゆみ 1978年8月25日
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青春時代 森田公一とトップギャラン 1978年8月21日
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あなた 小坂明子 1973年12月21日
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サンセットメモリー 杉村尚美 1981年1月25日

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石井 明美 (1965年8月26日)
1986年(昭和61年)、テレビドラマ 『男女7人夏物語』 の主題歌 「CHA CHA CHA」(イタリアのダンスグループ「フィンツィ・コンティーニ(Finzy Kontini)」 の楽曲のカバー) でデビュー。同曲は80万枚を売り上げ、オリコン年間シングルチャート1位にもなっている

シングル

1986.0714  CHA-CHA-CHA (TBS系ドラマ『男女7人夏物語』主題歌)
1986.11.12 響きはtutu
1987.02.26 ラマン
1987.07.22 JOY (TBS系ドラマ『恋に恋して恋きぶん』挿入歌)
1988.02.26 GOOD LUCK
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1988.08.26 SHAKE UP
1989.11.22 オリーブの首飾り
1990.03.21 ランバダ
1990.06.21 ダンスでランバダ
1990.11.21 シャ・ラ・ラ
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1993.10.01 あなたらしく
1994.02.02 貴方のもの
1996.06.21 ときめきは眠らない
1997.09.10 バラード (『火曜サスペンス劇場』 主題歌)
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このあとも、時間を見つけては追加更新していきます (~o~) 2006..9.13
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by cress30 | 2006-09-13 21:15 | ◎昭和の名曲