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桜田 淳子(さくらだ じゅんこ、本名:東 淳子(あずま じゅんこ)、1958年4月14日。秋田県秋田市出身。1972年中学2年生の時に日本テレビの人気オーディション番組『スター誕生!』で優勝し、番組史上最高の25社から獲得の意向を示すプラカードが上がった。堀威夫の自伝「いつだって青春。」によれば当初桜田はホリプロ入りの意向を示していたが日本テレビ側の政治力でサンミュージックに所属する事になったという。1973年2月25日に『天使も夢みる』で歌手としてデビューし、たちまち人気アイドルとなり、同世代の山口百恵・森昌子と共に花の中三トリオと呼ばれた。『わたしの青い鳥』のヒットで、日本レコード大賞最優秀新人賞、日本歌謡大賞放送音楽新人賞を受賞。4曲目の『花物語』からはヒットチャートのベストテン常連となり、『はじめての出来事』ではオリコンの第1位を獲得。その後も『十七の夏』『夏にご用心』『気まぐれヴィーナス』『しあわせ芝居』『リップスティック』『サンタモニカの風』等々、数々のヒットを飛ばした。シングルは累計で600万枚近くを売り上げ、18曲をチャートのベストテンに送り込んでいる。1975年(昭和50年)のオリコン・シングルレコード売り上げ年間第1位、ブロマイドや各種人気投票でも女性歌手部門で1位になる。1992年6月30日、5日前の山崎浩子の記者会見に続き、統一教会の合同結婚式に参加することを記者会見で表明して世間を驚かせた。彼女の姉が統一教会に入信しており、合同結婚式で結ばれた姉夫婦の姿に感化され(姉夫婦は既に脱会している)、桜田自身も15年前(19歳頃)から入信していたことを自ら明らかにした。その合同結婚式で会社役員の東伸行と結ばれ、夫の地元の福井県敦賀市に移り住んだ。結婚後、統一教会の様々な問題がマスコミで批判されていた中で、社会問題となっていた「霊感商法」についてコメントを求められ「物を売ることのどこが悪いんですか?」「普通のビジネス」などと答えたことが霊感商法を擁護したとして批判を呼んだ。しかしマスコミからは前述のような、発言の前後の流れを無視した言葉尻のみを取り沙汰されることが多く、次第に発言そのものを控えるようになっていった。
2006年11月24日には14年間の沈黙を破り、自作のエッセイ集 『アイスルジュンバン』 (集英社)が発売された。子育ての事、近所づきあい、学校の先生との触れ合い等について書いており、その良妻賢母ぶりに共感する声もあがる一方で、合同結婚式に参加し、マスコミから広告塔として騒がれたことについて一切触れていないとして、ワイドショーや週刊誌記事では軒並み批判的な論調が多かった。もっとも 『婦人公論』 (2007年1月22日付)のインタビューではこのことについても語っており、著書の中で統一教会に触れなかったことに「隠したつもりはありません、ただ(教会のことについて)発言することでまた泥仕合になるのは避けたい、だから弁明するつもりもありません。」と答えている。
●桜田淳子 全アナログ シングル1973.02.25 天使も夢みる

1973.05.25 天使の初恋

1973.08.25 わたしの青い鳥

1973.11.05 花物語

1974.02.25 三色すみれ

1974.05.25 黄色いリボン

1974.08.25 花占い

1974.12.05 はじめての出来事

1975.03.05 ひとり歩き

1975.05.10 白い風よ

1975.05.25 春の恋人たち (山本明、桜田淳子)

1975.06.05 十七の夏



1975.08.25 天使のくちびる

1975.11.25 ゆれてる私

1976.02.25 泣かないわ

1976.05.25 夏にご用心

1976.08.25 ねえ!気がついてよ

1976.12.05 もう一度だけふり向いて

1977.02.25 あなたのすべて

1977.05.15 気まぐれヴィーナス

1977.09.05 もう戻れない

1977.11.05 しあわせ芝居

1978.02.25 追いかけてヨコハマ

1978.06.05 リップスティック

1978.09.05 20才になれば

1978.12.25 冬色の街

1979.02.25 サンタモニカの風

1979.05.25 MISS KISS

1979.08.25 パーティーイズオーバー

1979.11.25 LADY

1980.04.21 美しい夏

1980.07.21 夕暮れはラブソング

1980.10.21 神戸で逢えたら

1981.01.01 化粧

1981.05.01 玉ねぎむいたら…

1981.06.05 ミスティー

1981.09.21 This is a Boogie

1982.08.05 窓

1983.09.05 眉月夜