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岡田有紀子 自殺の真相2

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女性週刊誌記者を九年勤めた後、梨元勝がテレビの芸能リポーターに転身したのは昭和五十一年。いまから十年前のことである。まもなく二十年になるその取材活動の中で、彼が自殺事件を取材するのは三度目だった。

一度目は昭和五十三年十二月二十八日に起きた俳優・田宮二郎の「猟銃自殺事件」。二度目は同五十八年六月二十七日、俳優・沖雅也による「飛び降り自殺事件」である。そして三度目のニュースは、さる昭和六十一年四月八日の午前十一時五十分、彼の耳に飛び込んできた。

その第一報は警視庁記者クラブからで「歌手の岡田有希子が南青山の自室で手首を切り、ガス栓をひねって自殺未遂!」というものだった。

それを彼は日本テレビのスタジオで聞いた。しかし、この段階ではまだ梨元勝は平静だった。
それは「未遂」という二文字があったからという理由からではない。

「岡田有希子」というタレントについて、彼がさしたる認識を持っていなかったためである。「自殺未遂」という言葉には敏感に反応しながらも、彼の脳裏ではその顔と名前がすぐに一致しなかった。

 「岡田有希子ってどんな娘だったっけ?」

梨元勝の質問に若いスタッフの一人が答えた。

「ほら、一昨年のレコード大賞新人賞をとった歌手ですよ。サンミュージックが“ポスト聖子”と言って売り出したコ……」

その言葉に、彼は即座に反応した。

「そりゃ大変だ。サンミュージックならば秘書室の直通番号を知ってるよ。うん、とにかく電話してみよう」

使い古されたアドレス帳を開くと、彼はすぐにその番号を回した。ところが顔見知りの相沢秀禎社長は歯医者に行っていて不在との返事だった。困惑気味の社長秘書に「自殺未遂」の事

実を確認すると、

「いや、それはガス管が古くなっていて、ガス漏れしたんです……」

という答えが返ってきた。

しかし、そんなワケはない。警視庁からの第一報は「自殺未遂」
である。梨元は「そうですか」と応えながらも、相手の次の言葉でピンときた。
「社長も帰ってきますし、本人もたいしたことはなくて、まもなく病院から事務所に帰ってき
ますから……」

 これは、やがて社長の口から何らかの説明が行なわれるということのようだ。

彼はサンミュージックに直行することにした。他のスタッフは彼女が運ばれたという北青山
病院に急行した。

千代田区二番町の日本テレビから新宿区四谷四丁目のサンミュージックまでは、車で十分足
らずである。ハイヤーに飛び乗った梨元の胸中は、まだ平静だった。「未遂」という二文字が
事件の衝撃性を多少なりとも弱めていた。

車は渋滞気味の新宿通りを進み、四谷三丁目の交差点を越えて、まもなくサンミュージックの入っている「高橋・大木戸ビル」が見渡せる地点まで来た。四谷四丁目の信号機が青に変わり、交差点を右折すれば目的地だ。しかし昼休みという時間帯でも渋滞するこの通りでは、もう一度信号機にひっかかるかもしれない。

そう思いながら彼は何気なくビルのある角地を見た。
 その時である。救急車のサイレンが彼の耳に響いた。いや、目をこらして見るとそれは救急
車ではなく、捜査の車だった。そして、ものすごい数の人だかり。

「いったい何だろう……」

 彼の心臓の鼓動が急に高まった。

「運転手さん、ここで降ります」

 彼は渋滞する道路を横切って、その場に駆けつけた。毛布が被せられた遺体のようなものが目に飛び込んだ。路上に血のようなものが溢れ、勾配に添ってこちらに流れて来る。彼を見つけて、現場で待ち合わせていたカメラマンがかけよって来た。

「いやあ、スゴイんですよ」と興奮気味に語るカメラマンも、毛布の中身が男性なのか女性なのかもまだわかっていないらしい。肩にかついだカメラはまだ作動していなかった。

「女性マネージャーらしい……」というディレクターの一言が耳に入った。

「よしッ、ここから回そう!」

打ち合わせる間もなく、その遺体を背にVTRがスタートされる。とっさに腕時計を見て、彼はしゃべり始めた。

「えー、いま現在、十二時三十五分になります。僕はいま、この四谷の交差点のところにあるサンミュージックのビルの前にいます。いま着いたんですけど、状況が詳しくわかりません。どうもマネージャーの人が飛び降り自殺したという状況のようです。いま、ディレクターが確認してますので……」

カメラが毛布からはみ出て、こちらに流れてくる鮮血をとらえる。「捜査」という腕章が彼の目に飛び込んだ。三人の捜査官が飛び散ったピンクの固体を弁当屋のビニール袋に採取している。

その横でサンミュージックの溝口伸郎マネージャーが呆然とした表情で立ちつくしている。白バイ姿の警官がピンクの紐を張り、人混みの整理を始めた。その情景をカメラがなめてゆく。

「僕もいろいろ取材してますけど、直接の現場と言いますか、こういうところに来たのは初めてです。ちょっと足のところと言いますか、スカートが……しかし細かいことはわかりません」

息を切らしながら、そこまで一気にしゃべると、彼は人混みをかきわけて角の公衆電話にかけよった。ディレクターが局のデスクに確認をとっている。その受話器をとりあげると、彼は早口で相手に聞いた。

「で、どんな感じなの。うん、だから、誰が自殺したの?」

同時にカメラマンに言った。

「そのまま回して!」

電話の向こうでも正確な情報は確認できていないようだった。

「もしもし、いまフィルムを回してますが、誰が亡くなったということなの、これは」
 
相手も早口で答える。

「あ、マネージャーかもしれないということ……あ、そう、わかりました。ハイ、どうも。すいません、ハイハイ、どうも」

受話器を置くと彼は横にいるディレクターと一瞬、目を合わせた。そのディレクターが残りの十円玉を取り出し口から戻している様子までカメラがとらえている。彼らはピンクのロープを乗り越えて、ビルの入り口に向かった。

この時点での梨元は、入手している情報から次のような状況判断をしていた。まず「岡田有希子の自殺未遂事件でマネージャーが責任をとって飛び降りた」。

そして「病院から戻った岡田有希子本人が上にいる」、つまりやがてはこの間の事情説明がとれるだろうという判断である。

「えー、このままですね、映りにくいかもしれませんが……六階のサンミュージックでまず確認をとってみます」

エレベーターが開いて、飛び乗った彼は六階のボタンを押しながら、同乗したカメラマンとの質疑応答もそのまま収録させた。

「いま、すぐだったの。何時ごろだったかわかる? 来た時は」

彼より先に現場に到着していたカメラマンがファインダーをのぞきながら答える。

「あのう、二十分ぐらいだったと思います」

点滅する階数表示盤を目で追いながら、さらに梨元が聞く。

「その時にはどんな状態だったの?」

「梨元さんと会う約束になってましたよね。そして来てみたら、もうとにかく人だかりがあって、中に人が倒れているわけです。そこであわてて車を止め直して。そしたらすぐ救急隊が来まして、例のシートをかけたわけです」

「じゃあ、その前の飛び降りるところは見てなかったわけね。それで女性だったんですか?」
「女性でした。黒い服、着てました」

 エレベーターが五階を通過する。梨元はしゃべりつづけた。

「マネージャーではないかという話なんですが……とにかく細かい状況はわかりませんので、いま上で聞いてみようと思います」

ドアが開いた瞬間、開け放しの事務所内の騒然とした光景が目に入った。全員が一斉にこちらをふりむく。その中心にいる相沢秀禎の目と目が合った。

「あ、相沢さん。すいません、どんな状況か、ちょっとわからないので」
 
相沢は瞬間的に「ハイッ」と応えた。

「あ、ちょっと、いまは……」

事務所の若いスタッフがあわてて扉を締めようとする。

梨元の声が自然と大きくなる。

「だから状況だけ、ちょっと教えて下さい。ちょっとだけ、一言ですぐに終わりますから」

締まりかけた扉の向こうで背をそらしながら相沢が応答した。

「あ、それじゃ、いま、ちょっと待って。すぐ行きますから」

相沢の声を聞きながら、梨元はふりむいて後方にある社長室のドアにかけよった。そのまま勢いで開けると取材メモを持った記者風の男が立っていた。報知新聞の細貝記者である。まんざら知らない仲でもないが、興奮状態の中で思わず質問が敬語になってしまう。

「あ、すいません。どんな状況だったかわかりますかねェ」

一拍おき、小声で質問をつづけた。

「誰が自殺したんですか?」

思いがけない答えが返ってきた。

「岡田有希子ですよ……」


彼は即座に質問をつづけた。

「あ、ここに来て、もう一回、飛び降りたわけですか?」

細貝記者がうなずいた。瞬間、彼はもうカメラのほうにふりむいて状況を語りはじめていた。

「えーとですね、再度、もう一度ここへ来て。ですから病院から戻ってきて、飛び降りたということです。岡田有希子本人ということです。すみません、先程のマネージャーというのは間違いでありまして、本人ということですが……」

この間、早口で知られる梨元の語りは止まることなくつづいている。この時の模様はそのまま当日の『うわさのスタジオ』でオンエアされた。番組終了後に何人かのスタッフから彼は同じ感想を言われた。

いずれも

「梨さん、あの時はひじょうに冷静だったね」というものだった。しかし本人の心中はちがっていた。「自殺したのは、岡田有希子本人……」

という事実はあまりにも強烈だった。

ドラマの効果で例えるならば、画面が一瞬真っ白になるような感じすら覚えた。ところが頭のどこかで「カメラが回っている」という意識があった。

「えッ」と驚きながらも、彼の脳裏で

「次の瞬間、ふりむいて説明しなければ……」という意識が働いた。

それでも「あそこにもっと驚きがないの?」とスタッフたちから言われると、

「いや、ちがうんだ」という気がする。

たとえば「森進一と森昌子が結婚!」とか「神田正輝と松田聖子が結婚!」というニュースのほうが単純に驚けると彼は思った。それは多少なりとも予測されていたケースであり、

「やっぱり」という事実の確認である場合が多いからだ。

が、この人気アイドルの自殺は、芸能リポーター十年選手の彼にもあまりに唐突すぎた。

「電撃結婚!」といった類いのニュースに対する驚きとは違った、もうひとつ大きな、もうひとつ向こうに突き抜けてゆくような衝撃であった。しかも現場とその遺体を自分の目で目撃した直後である。その情景と「岡田有希子本人」という事実が結びついた瞬間の彼の驚きはいうまでもないだろう。

しかし、十年選手のリポーターは次の瞬間にこう思った。「この状況を全部カメラにおさめなければならない」。この職業意識が彼を部屋の中へと招き入れた。彼の目が既に福田時雄専務の姿をとらえていた。

「ちょっと、このまま、すみません」

目でカメラマンに合図すると、彼は福田専務のデスクに近寄った。

「すいません、福田さん、申し訳ありません。いったん病院から彼女、戻ってきたわけですか?」

突撃インタビューである。その勢いの中で相手も思わず答えていた。

「ええ、僕が連れて帰ってきたんです、ハイ」

「その時はどんな状態だったんですか?」

「割におちついてました、ハイ」

「あ、そうですか。それで……」

「そのまま社長の部屋に入れて、それで付き人の女の子と僕と三人でいろんな話をしてたわけです。割に、本人、素直にうなずいていたんですけど……。それでちょっと僕は電話をかけるんで出てまして、そのスキに付き人の目を盗んでいなくなって。僕が電話してるところに付き人が震えて『有希子がいないッ』と。で、捜したら、屋上の入り口にスリッパが置いてあったんです。そこで、屋上を捜しておったんです。そしたら、下で大騒ぎになりまして……」

「それじゃ、それは、いまからちょっと前ですか?」
「えぇ、十二時二十分ぐらいですかね」
「ハハァ、ところで何でもそのォ、南青山の自宅で手首を切って、ガス栓をひねったという……」

「ええ、そういう話を……それで北青山病院に行って、傷はたいしたことないということなので、連れて帰ってきたわけです」

「ハハァ、それでこっちへ帰ってきたのは十二時ごろですか?」

「十二時ちょっと過ぎぐらいですね」

「で、本人はどんなふうに話してました?」

「いや、割りに車の中では何も。タクシーですから……」

ここで女性の声で内線電話が入った。が、福田専務は「ちょっと待って」とふたたび話をつづけた。
「それでここに入れましてから、『昨日は何時に帰ってきたの?』などと聞いてたんですけど、『昼間、映画を観た』とか『家には十時ごろ帰ってきた』とか、そんな話をしてましたので……。

それで、『ま、いろいろ人生あるから、皆がついているんだから頑張ってやれよ』と言いましたら、うなずいていたんですよね」

外の気配を感じて、梨元はさらに早口で聞いた。

「あのォ、何に、悩んでいたんですか?」

福田時雄は一瞬、首をかしげて答えた。

「わからないんですよね」

「遺書とか、そういうものは……」

「遺書があったとしたら、その青山のほうの警察の方が持ってるかもしれません。そこまではまだ……」

「うーん、ここのところ福田さんがついてらして何かを悩んでたとか、思い込んでたとか、そういうことはないんですか?」

「ひじょうに、そのォ躁鬱の激しい娘ではあるんですけど。仕事面ではこのあいだの土曜日が渋谷公会堂で、昼夜二回とも満員。次の日はふるさとの名古屋でコンサートをやって、やはり満員でしたし、ドラマも明日から入る予定でした。仕事面では悩みはないはずです」

梨元が次の質問をしようとした時、捜査員が社長室に入ってきた。

「おい、おい、あまり捜査の邪魔するなよ」

という捜査員に、

「ハイ、ハイ、いますぐ終わりますから」

というやりとりがあって、インタビューは中断された……。

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その日、報知新聞編集局文化部の細貝武記者が自分のデスクに着いたのは午前十一時四十分頃だった。館内のスピーカーから共同通信の第一報が流れたのはその直後である。

「アイドルの岡田有希子がガス自殺を図り……」

瞬間、彼の脳裏にはデビュー前から知っている可憐な少女の笑顔が浮かんだ。その愛くるしい表情の記憶と「自殺」という単語が、自分の中でどうにもうまく結びつかない。しかし、机上の謎解きをしている暇はなかった。騒然とした雰囲気の中で、すぐに取材班が組まれた。ひとつの班は警察へ、もうひとつの班は岡田有希子のマンションへ、そして細貝を中心とするチームはサンミュージックへ、と即座に取材分担が決められた。

ベテランカメラマンのA、この四月に入社したばかりの新人Bを同行し、彼が会社の車に飛び乗ったのが十一時五十五分。あたりは特に車の往来が激しい。通常ならば千代田区平河町の東京本社からサンミュージックまでは十五分近くはかかる。しかし、この日はさしたる渋滞もなく、「報知新聞」の社旗を翻した車はスムーズに進み、十分ほどで目的地に到着した。

四谷四丁目の交差点で赤信号につかまったのが十二時六分。細貝は見慣れた「高橋・大木戸ビル」を指差して、新人のBに説明しかけた。

「ほら、あそこに看板が見えるだろう、あれがサンミュージックだよ」

細貝にとっては何度も取材で訪れたことのある場所、いわばそれは見飽きた風景だった。も
し新人のBを同行していなければ、そのビルを見上げることもなかっただろう。

だが、新人研修で文化部に配属されていたBには、ひとつひとつのことがものめずらしかった。しかも今日は「アイドルの自殺未遂」という事件の取材である。多少の興奮を抱きながら、ベテラン記者の言葉にうなずき、ビルを見上げた。

その時である。二人の目に上から落ちてくる何か黒いものが映った。

まるで空を飛んでいたスーパーマンが急降下で降りてくるような感じの何か。それは直角に落ちるのではなく、やや角度をつけて落下してきた。細貝の目には、髪の毛らしきものがやたらにヒラヒラとしているのが見えたが、それが何なのかはわからない。しかも地面に到着した瞬間、二本の棒のような何かがバウンドしたのが見えた。

「…………」

ベテラン記者と新人は一瞬、目を合わせた。そして、お互いに「見たよな」という顔をした。

先に口を開いたのは細貝だった。

「いまのマネキン人形じゃないか?」

 首をかしげながら、新人が答えた。

「えッ、黒いゴミ袋みたいでしたよ」

同乗のカメラマンと運転手は二人とも「何も見てないよ」と言った。

事実、落下地点に目を戻すと通行人たちは何事もなかったように平然と歩いている。やがて信号が青に変わり、彼らを乗せた車は右折しながらビルの横を通過した。

「ほら、やっぱりゴミ袋ですよ。ゴミのオレンジがくだけちゃってるもの」

新人が勝ちほこったように笑った。

路上に弾けたのが人間の脳ミソだと気づいたのは、車を降りてからだった。

「おい、人間だよ……」

もちろん、この段階では、それが「岡田有希子」とは誰も気づいていない。落下したのが人間だとわかった瞬間も、細貝の心は自分でも不思議なほどに冷静だった。ジャーナリストとしての眼が、目の前の惨状をクールに観察し、事態を分析しようとした。

(あッ、女だな)

(中年だ)

これが最初の判断である。

(ストッキングを履いている)

(黒いスカートだ)

彼の中でひとつの謎が解けた。

(バウンドしたのは足だったのか)

(足が動かないな……)

(即死!)

次に遺体の損傷具合に目がいった。

(地面に顔がメリ込んでいる)

(あッ、血が流れてきた!)

そして、ひとつの推理がなされた。

(付き人だろうか?)

(もしや岡田有希子の自殺未遂の責任を取ったのでは……)

そこまで推理した時、ふと我に返った。そして横で唖然としているカメラマンに、彼は、

「とりあえず写真を撮っておこう」

と指示を出した。

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しかし細貝本人もその写真が「一大スクープ」になろうとは自覚していなかった。いわば職業的判断から「押え」の写真を指示しただけにすぎなかったのである。次の瞬間、ビルから飛び出してきた溝口伸郎マネージャーの姿が彼の目に映った。毛布を持ったその顔は完全に青ざめている。

「可哀相に……可哀相に……」

顔なじみのマネージャーがそう口走っているのを耳にして、細貝は五階のサンミュージックに直行した。
 そして、事務所に飛びこむと彼は叫んだ。

「おい、いまの誰ッ?」

その場にいた社員をつかまえて、彼は質問をした。聞かれた相手は窓の外をちらりと見ながら、こう答えた。

「わかんないよ。誰だか知らないけど、ウチのビルを使って自殺するなんて、迷惑な話だよな、まったく」

細貝は苛立って、もう一度その社員に言った。

「とにかく女子社員を数えてみろよ!」

相手はしぶしぶ社員名簿を取りだし、そのフロアにいる女子社員の顔を数えはじめた。

「一、二、三、四……」

確認を終えて相手が答えた。

「ほら、ちゃんといるよ」

ではなぜ、溝口マネージャーが……。ここでは埒があかないと判断した細貝は、六階に駆けのぼり社長室に飛び込んだ。そこには相沢社長と福田専務の二人が呆然として立ちすくんでいた。

「いまの誰?」

細貝の問いに、相沢秀禎がやや間をおき言葉を絞りだすように答えた。

「本人だよ……」

女性秘書が手にストロベリージュースを持ったまま、震えて泣いていた。思わず細貝は聞き返した。

「本人?」

もう一度、相沢が応じた。

「岡田有希子だよ……」

その瞬間、細貝の脳裏で、落下してゆく物体が地面で弾けるシーンが再現された。そして三年前、はち切れんばかりの水着姿で「絶対にがんばります!」と誓った少女の姿がオーバーラップした。

やや遅れて到着した梨元リポーターの質問に、彼は相沢社長と同じ口調で答えた。

「本人、岡田有希子……」

細貝武記者が初めて岡田有希子に会ったのは三年前の春。彼女がデビューする直前のことである。所属のサンミュージックでは各スポーツ紙の芸能担当記者を招待し、岡田有希子とサイパン同行取材ツアーという企画を主催した。新人歌手のデビューにあたってはよくこの種の招待旅行が催される。いわば「今後ともよろしく」という意味でのプロダクション側の挨拶代わりみたいなものである。

細貝も報知新聞の記者として、そのサイパン行きに同行した。これが最初の出会いだった。そして旅先のサイパンで、彼は他のスポーツ紙記者とある賭けをしたことをいまでも覚えている。それは「岡田有希子はスターとして成長するか否か」というものだった。相手の記者はこう言ったものである。

「性格的にもあんなに暗い感じの娘じゃ、まず無理だと俺は思うな」

事実、同年代の少女タレントたちに比べて、その新人歌手は極端といっていいほど「ネクラ」っぽく細貝にも思えた。常夏の島、開放的な気分のサイパンにおいてさえ、それが感じられるのだ。
「スターになるのは無理」と賭けるほうにも一理あった。

しかし、細貝は「可能性あり」のほうに賭けた。その理由として、こんな説明をしたことを彼は覚えている。

「いざマイクを持てば、違うものだよ。結構、明るくなるのがこのタイプさ。ステージの上の明るさとプライベートでの暗さ、むしろそんなギャップがあったほうがいいかもしれないよ。スターには不可欠な不思議要素としてね」

また、言葉ではうまく説明できない「ある予感めいたもの」をこの未知の少女に感じたのも事実だ。さらにこの『取材ツアー』を通じて、彼女にたいする個人的な好感を抱いたことも手伝っていた。

細貝の「予感」は的中した。その年の暮れ、岡田有希子は「強力ライバル」であり「本命視」されていた吉川晃司を抜いて「レコード大賞新人賞」を受賞した。

その時も細貝は、各スポーツ新聞芸能担当記者に与えられる一票を彼女に入れた。

その理由は三つあった。ひとつはサイパンの時の「予感」を実現させたかったこと。もうひとつは個人的に「好感」を持っていたこと。そしていちばんの理由は、歌手・岡田有希子の可能性にたいする「期待」という点だった……。




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by cress30 | 2004-12-22 09:00 | ●岡田有紀子

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