山下達郎 全作品 1

Last Up Dated:2012.09.26

b0033699_20133847.jpg山下達郎 
1953年2月4日生まれ。東京出身。
1975年、シュガー・ベイブとしてアルバム 『SONGS』 でエレックレコードからデビュー。76年、アルバム『CIRCUS TOWN』でソロ・デビュー。
80年発表の 「RIDE ON TIME」 がブレイク。 アルバム 『MELODIES』 に収められた 「クリスマス・イブ」 が、'89年にオリコンチャートで1位を記録。20年以上にわたってチャートイン。日本で唯一のクリスマス・スタンダード・ナンバーとなる。
'84年以降、竹内まりや全作品のアレンジ及びプロデュースを手懸け、また、CMタイアップ楽曲の制作や、他アーティストへの楽曲提供など、幅広い活動を続けている。




シュガーベイブ~ 山下達郎


d0022648_247289.jpg1972年 自主制作盤 
ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY

◇1972年り夏、山下達郎19歳のとき自主制作で、ビーチボーイズのカヴァーを友人たち (のちの一部シュガーベイブメンバー含) と録音したという、ただそれだけのアルバム。音質は決して良くない。達郎ファンクラブ通信限定で販売しているもの。
ディスコグラフィーの時系列から取り上げた。したがって正式リリース日は不明。収録曲は 「WENDY」 「DON'T WORRY BABY」 「SINCEARLY」 他全12曲。





◎SUGAR BABE 名義
1975.03.25 SONGS ジュガーベイブ
b0033699_7445468.jpgジュガーベイブとしてのレコーディング。メンバーは山下達郎・大貫妙子・村松邦男・野口明彦・鰐川己久男。Produced は 大瀧詠一。 リリースの翌年6月 エレックは倒産し、コロムビアからの76年10月に再発される。この枠での掲載画像は貴重なエレック盤。時系列として再発も掲載しているので画像はその日時を参照。
◎SIDE A 1.SHOW/2.DOWN TOWN/3.蜃気楼の街/4.風の世界/5.ためいきばかり ◎SIDE B 6.いつも通り/7.すてきなメロディー/8.今日はなんだか/9.雨は手のひらにいっぱい/10.過ぎ去りし日々"60's Dream/11.SUGAR
◇LP◇番号 NAL-0001◇発売元 エレックレコード
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◎1976.10.25 LP LQ-7021  (コロムビア)
◎1981.04.21 LP 27AH-1240  (エピック・ソニー)


「SONGS ジュガーベイブ」 は3社レーベルからリリースされている。

エレックレコードの倒産で一度日本コロムビアからリリースしたレーベル 【左】 と、エピック・ソニーからのリリース 【右】 



◎SUGAR BABE 名義
1975.04.25 DOWNTOWN/いつも通り
d0022648_23362932.jpgレコードデビューはアルバムからのシュガー・ベイブの記念すべき1stシングルであり名義としては1枚のみだった。 『SONGS』 からのシングルカット。シングル用にリミックスしたモノーラルバージョンでリリースされた。
76年に解散したがメンバーの山下達郎や大貫妙子らの活動で、その名はさらに存在感を増している。
◇企画番号 NAS-001 ◇エレックレコード




◇Niagara Triangle 名義◇
1976.03.21 NIAGARA TRIANGLE VoL.1
◇ナイアガラ・トライアングル(大滝詠一・山下達郎・伊藤銀次)として1作目のアルバム。1975年4月に 『SONGS』 がリリースされて本格的な活動の折、エレック・レコードが倒産。本アルバムは日本コロムビアと新契約を結んだ76年のリリース。山下達郎のパートは「ドリーミング・デイ 」 「パレード」 「遅すぎた別れ」 「フライング・キッド」 の4曲。このあとリリースのシングル 「幸せにさよなら 」 は達郎は担当していないバージョン。
d0022648_11125581.jpg◎A side
01. ドリーミング・デイ
02. パレード
03. 遅すぎた別れ
04. 日射病
05. ココナツ・ホリディ’76
◎B side
06. 幸せにさよなら
07. 新無頼横町
08. フライング・キッド
09. FUSSA STRUT (パート1)
10. 夜明け前の浜辺
11. ナイアガラ音頭                   
◇LP◇  LQ-7001  (日本コロムビア)
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◇Niagara Triangle 名義◇
1976.04.25 幸せにさよなら /ドリーミング・デイ
d0022648_832492.jpgリリース時系列からとすると 『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』 からのシングル・カット (アルバムでは作者の伊藤銀次のソロ・ヴォーカル) 。
本シングルは、バックコーラスに細野晴臣・松任谷正隆が参加して山下達郎と大滝詠一と伊藤銀次が一小節づつを交替でヴォーカルをとっている別テイク。
c/w  「ドリーミング・デイ」 は作曲者の山下達郎のソロバージョン。
◇番号 LX-2-E  ◇リリース元 日本コロムビア



◇山下達郎 名義◇
1st 1976.12.25 CIRCUS TOWN  (サーカス・タウン)
◎A side CIRCUS TOWN / WINDY LADY/MINNIE/永遠に/ ◎B side LAST STEP/CITY WAY/迷い込んだ街と/夏の陽
シュガー・ベイブ、そしてナイアガラトライアングルVol.1を経た山下達郎が、ソロとして初めて世に放った作品。プロットにもとづいた音を忠実に再現すべく、スタッフ選びにも余念がないようで、結果、ニューヨークとロサンゼルスでの海外レコーディングとなっている。超一流のミュージシャンたちを適材適所に配し、その「いい意味でのこだわり」が充分に伝わってくる傑作となっている。「達郎ポップス」の原点とその方向性を指し示す羅針盤のような1枚

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◇山下達郎 名義◇
2nd 1977.06.25 SPACY  (スペイシー)
◎A side LOVE SPACE /翼に乗せて/ 素敵な午後は/CANDY/DANCER ◎B side アンブレラ/言えなかった言葉を/朝の様な夕暮れ/きぬずれ/SOLID SLIDER
山下達郎自身が本格的にスコア書きに取り組んでレコーディングされた2ndアルバム。グルーヴィなベースラインに伸びやかな歌声が広がるミディアムナンバー、坂本龍一の繊細なピアノとドラマティックなストリングスがムーディな雰囲気を醸し出すスローチューン、まどろみの景色を描いた、山下達郎の初ワンマン・アカペラによるバラードナンバーをはじめ、細野晴臣、吉田美奈子、村上“ポンタ”秀一など、日本を代表するトップミュージシャンが大集結。参加ゲストの持ち味を最大限に生かすことにより、山下達郎の音楽にかける真っすぐな情熱が伝わってくるハイクオリティなアルバム
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◇山下達郎 名義◇
ライブ 1979.05.21 IT'S A POPPIN'TIME  (イッツ・ア・ポッピン・タイム)
◎SIDE A  スペース・クラッシュ/雨の女王/ピンク・シャドウ/時よ/ シルエット ◎SIDE B ウインディ・レイディ/素敵な午後は/ペイパー・ドール/キャンディ  ◎SIDE C  エスケイプ/Hey There Lonely Girl ◎SIDE D ソリッド・スライダー/サーカス・タウン/ Marie
※2002年再発時には当時のアナログ収録時間の都合でカットされていた 「ラブ・スペイス」 と 「YOU BETTER RUN」 の2曲が追加収録された。
行き詰まった状況下での山下達郎が1978年3月8~9日にレコーディングライブが真実だった六本木PIT-INN (2004年7月26日閉鎖) でのライブ盤。裏方に転職することまで考えていた。セールスは芳しくなく、シングルカットも行えない状況だったという。しかしレコードの流通システムや経費管理のノウハウが、その後の自らのキャリアに大きく役立った、と後に語っていた。
ライブミュージシャンメンバーは 村上秀一(ドラム)、岡沢章(ベース)、松木恒秀(ギター)、坂本龍一(キーボード)のライヴメンバーに加え、土岐英史(サックス)、伊集加代子、尾形道子、吉田美奈子(コーラス)

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◇山下達郎 名義◇
3th 1978.12.20 GO AHEAD ! (ゴー・アヘッド)
◎SIDE A OVERTURE/LOVE CELEBRATION/LET'S DANCE BABY/MONDAY BLUE/ついておいで ◎SIDE A  BOMBER/潮騒/PAPER DOLL/THIS COULD BE THE NIGHT/ 2000トンの雨
山下達郎自身 強い危機感を抱いていたようで、この時期には商業音楽の制作・流通に関して徹底的に学んでいた、と証言している。レコード会社側も色よい反応を見せず、セールスの向上の兆しがない状態の中ソロミュージシャンを終えざるを得ないのではないか、という心境でこのアルバムは制作された。 「これが最後になるかもしれない」 という中、自らの音楽指向を縛ることなく録音しよう、と考えた。このアルバムは、達郎が後に 「五目味」と言い表したように、シカゴ・ソウルやファンクのフレイバーを持つ曲から、カバー曲、果てにはフィル・スペクター的なアレンジの曲まで、一人のミュージシャンのセルフ・プロデュースアルバムとは思えない多彩な作風の曲が収録されることになる。「BOMBER」 によって、ソロミュージシャンとしてのキャリアは大きく加速することになる。転換点となった3枚目。ファンクやソウルをベースにした温かいグルーヴと、フィル・スペクター的ポップスが同居したサウンドで、どの曲も美しいメロディが冴え渡っている。
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◇山下達郎 名義◇
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1979.01.25
レッツ・ダンス・ベイビー (Let's Dance Baby)
ボンバー (Bomber)

1stシングル
◇山下達郎lソロ名義として 実にはじめてのシングル。



◇山下達郎 名義◇
d0022648_12145992.jpg1979.04.05
愛を描いて (Let's Kiss the Sun)
潮騒 (The Whispering Sea)
◇山下達郎名義2ndシングル◇
シングルとしてリリースされ、後にアルバム 『MOONGLOW』 に収録されたJAL沖縄キャンペーン’79 イメージソング。
潮騒はアルバム 『GO AHEAD!』 からのシングルカット曲で、アルバム収録曲と同内容。



◇山下達郎 名義◇
d0022648_12165491.jpg1979.10.21
永遠のFULL MOON
ファンキー・フラッシン (FUNKY FLUSHIN')
◇山下達郎名義 3rdシングル
シングルカット曲で、アルバム収録曲と同内容。
山下の担当ディレクターだった小杉理宇造が所属していたRVC内に発足させた独立レーベル“AIR”の第1回作品として、アルバムと揃ってリリース




◇山下達郎 名義◇
4th 1979.10.21 MOONGLOW  (ムーングロウ)
◎SIDE A  夜の翼/永遠のFULL MOON/RAINY WALK/STORM/FUNKY FLUSHIN ◎SIDE B HOT SHOT/TOUCH ME LIGHTLY /SUNSHINE - 愛の金色 -/YELLOW CAB 愛を描いて - LET'S KISS THE SUN -
前作のシングルのB面に収録された 「BOMBER」 が周辺状況を劇的に変えていった。初めての全国ツアー 『フライング・ツアー Part 1 Part 2 Part 3』 を行うことになった。ファンクの要素を多く含む作品の演奏のために、バックバンドは上原裕-田中章弘-椎名和夫-難波弘之に、Sax. の土岐英史、コーラスの吉田美奈子と大貫妙子を加えた構成に変更された。
この年の5月、大阪のサンケイホールで行われたライブで、山下は普段のライブとは明らかに異なる客層に、自らの音楽が熱狂的に受け入れられているのを目の当たりにした。一人ア・カペラで始めるというところに現在につながる自身の音楽センスに対する自信と頑固さがうかがえる。ライヴを大切にし続ける姿勢は、寄席にこだわる噺家に通じるものがありそうだ

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◇山下達郎 名義◇
コンピレーション 1980.03.21 COME ALONG
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◎SIDE.1  Dancing Side
01.BOMBER
02.LET'S DANCE BABY
03.SOLID SLIDER
04.愛を描いて~ドリーム・オブ・ユー
05.ついておいで~蛍の光~
06.LAST STEP

◎SIDE.2  KIKI Station Side
07.LOVE SPASE
08.WINDY LADY
09.CIRCUS TOWN
10.素敵な午後は
11.PAPER DOLL
12.潮騒 (ザ・ウィスパリング・シー)

d0022648_1834134.jpgA面は当時のディスコのDJ風、B面はハワイのKIKIラジオ・ステーションの再現という内容。

曲間にDJが入り、ノンストップで繋いでいくという構成で、DJを小林克也が担当し、当時山下と同じレコード会社に所属の英語に堪能な竹内まりやの協力で、プロモーション目的で制作。

リスナーからの問い合わせが寄せられるようになり、会社は正式発売を山下達郎に打診。が、山下達郎は、正式なカタログとして発売することに抵抗を感じていた。結局、「カセットだけの発売なら」 という条件で生まれたのが、この 『COME ALONG』 である。




◇山下達郎 名義◇
d0022648_7233354.jpg1980.05.01
RIDE ON TIME (シングル・ヴァージョン)
RAINY WALK
◆4thシングル
本人の名を全国に知らしめた代表曲。マクセル・カセット・テープのTVコマーシャルに出演し、その撮影のためのサイパン・ロケを挟んでのレコーディング。B面の 「RAINY WALK」 はアルバム 『MOONGLOW』 からのシングルカット曲で、アルバム収録曲と同内容。




◇Niagara Triangle 名義◇
1980.07.10 TATSURO YAMASHITA FROM Niagara
d0022648_645041.jpgアルバム 『Let's Ondo Again』 を最後に権利が日本コロムビアにまだ残っていたため、 「RIDE ON TIME」 のヒットと時をほぼ同じくして 『SONGS』 と 『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』 の2枚のほか 「幸せにさよなら」 のシングル・ヴァージョンも含む、山下達郎のリード・ヴォーカル曲をまとめたレコード会社主導による編集盤。
◎SIDE A 1. Down Town/2. ドリーミング・デイ/3. パレード/4. 遅すぎた別れ/5. フライング・キッド/6. 幸せにさよなら  ◎SIDE B 1. Show/2. 今日はなんだか/3. 雨は手のひらにいっぱい/4. 過ぎ去りし日々"60's Dream" /5. Sugar /6. すてきなメロディー
◇LP◇AX7263E◇日本コロムビア
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◇山下達郎 名義◇
5th 1980.09.21 RIDE ON TIME
◎SIDE A いつか/DAYDREAM/SILENT SCREAMER/RIDE ON TIME(アルバム・ヴァージョン) ◎SIDE B 夏への扉/MY SUGAR BABE/RAINY DAY/雲のゆくえに/おやすみ
初のヒット作となった4thシングル 「RIDE ON TIME」 のヒット後に発表された6thアルバム。アカペラも織り交ぜてスローテンポに生まれ変った 「RIDE ON TIME」 のアルバムヴァージョンやシュガー・ベイブをテーマにしっとり歌うスローナンバーなどハイクオリティなアルバム。じっくり作りこんだ感触のある秀作。中でもシュガー・ベイブ時代に思いを馳せた 「マイ・シュガー・ベイブ」 は、達郎の名唱。ジャケ写は2パターンあって後半は同年12月に差し替えられる。
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◇山下達郎 名義◇
b0033699_9535788.jpg1980.10.21 
My Sugar Babe
Daydream

◆5th シングル
『RIDE ON TIME』 からのシングルカット曲で 日本テレビ系ドラマ『警視-K』の主題歌起用に際しシングル・カットされた。




1980.12.05 ON THE STREET CORNER
◎SIDE A You Belong To Me/Close Your Eyes/ Spanish Harlem/Alone/Most Of All  ◎SIDE B Remember Me Baby/Blue Velvet/Wind/Drip Drop/That's My Desire
山下達郎のア・カペラアルバム。達郎が好んでいるオールディーズの楽曲のうち特にドゥーワップの曲を取り上げてカヴァーしている作品。 発売当時は現代ほどア・カペラが浸透しておらず、作品の売り上げとしてはほとんど失敗に終わった。限定盤として発売された。
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by cress30 | 2004-11-15 10:30 | ●山下達郎

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